存在しなくても組織は成り立つのか

存在しなくても組織は成り立つのか

では「会議室」という名称のものは(いわゆる”ハコ”ですね、”人が集まる”)
存在しなくても組織は成り立つのだろうか?
これはもう答えは明らかなのではないかと思う。

 

先に挙げた例からもわかるように、「会議室」がなくとも会議は成立し得る。
つまり仮に話し合いが成立しないことで組織の成り立ちに陰りが見えるとしても、
会議室が存在しなくても会議が成立するのであれば、当然組織も成り立つであろう。

 

「会議室」とは「会議を行う部屋」のことであるが、
「会議」とは必ずしも「会議室」で行われなければいけないものではない。
道の端であろうが、車の中であろうが、共同体の長の家の前であろうが、川の側であろうが、
会議の参加者がいて話し合いが行われるのであれば、それは立派な「会議」なのである。

 

もし会議室の存在の有無が組織が成り立つかどうかという問題と直結しているとすれば、
この世に「会議室」という文化を持たない集団がいなくなってしまうことになる。
会議室を持っていないが故に組織が、共同体が崩壊し消滅してしまうのである。
これは非現実的な考え方と言っていいのではないだろうか。

 

また元々「会議室」という文化を持ち合わせている集団であっても、
時間の経過と共に会議室を使わなくなるという状況も多分に考えられるであろう。

 

そうした集団が会議室を使わなくなったことをきっかけに崩れていくかと言われれば
やはりそれは現実的ではないと言わざるを得ない。
要は意見の交換をし、議論を行うことが出来れば会議は成り立ち、
組織も存在し得るのである。