古き良き昭和や江戸の日本の会議のありかたと、今の世の中

古き良き昭和や江戸の日本の会議のありかたと、今の世の中

最後に古き良き昭和や江戸の日本の会議のありかたと、
今の世の中を比較してみようと思う。
それらのうちどちらがよいのだろうか。

 

「古き良き昭和や江戸の日本の会議のありかた」を
ここでは会議に出席するべき者全てが一堂に会し顔を突き合わせて行う会議のありかたとする。

 

もっとも世界の会議と比較した際に
現代の日本の会議は今でも「一堂に会し顔を合わせる」ものであると述べてしまった手前、
この定義では比較しようがないかもしれないが。

 

またあくまでも想像の域を超えないが、「働き方」という点に関して述べると、
昭和や江戸の日本では、現在の世の中ほど多様化していなかったのではないだろうか。
また今と比べて働く女性の割合も低かったことと思う。

 

会議に参加する必要がある者の時間の都合や働き方が似通っているとすれば、
出席者全員が一堂に会し顔を直接合わせ
「ここはこうしよう、そこはそうしよう」と話合うのも良いかもしれない。

 

だが現代のように会議の参加者の生活様式や働き方が多様化し、
個々人によって時間の制約などにも差がある、
また「働くお母さん」が増えてきているといった点を考慮すると、
会議において全員が同じ場所に集まり同じ時間を共有することは必ずしも必要ではないのかもしれない。

 

その共同体にとって重要なことが「会議を開く」ということであるのであれば、
「会議室」という場所にばかり固執せずに、変えられるもの、変えてもいいものに関しては
どんどん柔軟に変更していくのがよいのではないだろうか。